【赤白・馬白】ダークホース・3

イシスの発動により再び、今度ははっきりと目覚めたまま、ジョセフは死の世界にいた。
「これで全ては終わったのだろうか…」
ぼんやりと考えていると、後ろから地鳴りのような音と何かの声が聞こえてきた。

ヒヒーン

「ヒヒーン?」
ジョセフが振り向くより先に、未確認の生物は彼を追越し走り去る。
「…UMA……馬?」
人は死に際し走馬灯を体験すると言うが、これがそうなのだろうか。
そんな事を考えていると、後ろからまた声が聞こえてきた。
「ヴァイス!待ちたま…ジョセフ!」
ジョセフが聞き覚えのありすぎる声に反応するより先に、声の主に後ろからタックルされる。
「ザーギン!何を!」
「ちょうどいい、君も来てくれ!」
「だから何があったんだ…ってうわあああああああ」


「…というわけで、ジョセフを見つけた嬉しさに抵抗する彼を連れてここまで来たら、思ったより時間がかかってしまってね」
「欲しい説明そこじゃねー!つーかアイツどこ行ったんだよ!」
「ジョセフならあそこに」
いつのまにかジョセフは、ゲルトを救出するためにヴァイスと対峙していた。
馬の蹴りの間合いギリギリの距離を保ちながら機会を伺うジョセフと、彼を警戒してか、ゲルトのシャツの襟をくわえたままじっとしているヴァイス。
しかしそれは達人同士の間合いというより、「猛犬注意の家に落としたボールを取り戻そうとする子供とボールで遊んでいる恐そうな犬」のそれに見えた。

「野郎!抜け駆けしやがって!」
「待つんだ。ここはジョセフに任せておいた方がいい。なんたって彼はアンドロマリウスだからね」
「わけわかんねー事言ってんじゃねーよ!」
「それにベアトリスの仇の君より、ジョセフ相手の方がヴァイスもまだ冷静に対応出来るはずだ」
「ベアトリス?」
唐突に出てきた名前に、疑問を隠せないヘルマン。
「あの子は元々、ベアトリスと一緒にいた馬なんだよ」
ザーギンの言葉にヘルマンは、それまで血が上るだけ上っていた頭が急激に冷えていくのを感じた。
「そうか…なら、蹴られても文句は言えねーな」
ヘルマンにとってベアトリスは、ゲルトやマレク、ウォルフを含めたXATの皆の仇であったが、彼女を愛する者からすれば、彼女を討った自分こそ仇。
一度復讐の炎に身を焦がした者は、自らもまた復讐の対象となる事を覚悟しなければならない。
それを分かっていたから、自分の事については即座に納得する事が出来た。
「でも、それなら俺だけを攻撃すればいいじゃねーか。なんでゲルトまで」
「…分からないのも無理はないか」
思わせぶりにひと呼吸置き、ザーギンが核心を告げる。

「ヴァイスはね、ゲルト・フレンツェンに恋をしたのだよ」

「………………………………恋ぃ!?」
思いがけない展開に、ヘルマンはうっかり素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そう、恋。馬と人で考えると奇妙な話かもしれないけど、ヴァイスもゲルトも同じ融合体という名の種族。そう思えばおかしくはないだろ?」
「おかしいって!大体、ゲルトがあんな事になったのはお前らのせいだろうが!!」
そもそも種族以前に、“恋”という甘酸っぱい響きを持つ言葉と、実際馬がやらかした乱暴狼藉の数々が結び付かない。
そんなヘルマンの気持ちを無視して、ザーギンは話を進める。
「バイクを駆る彼の姿に一目惚れしたのだろうね。いきなり変身して飛び出すから驚いたよ、あの時は」
いつものヘルマンなら、馬をも虜にするなんてさすがはチャンプと、無邪気に喜んでいただろう。
だが今は、とてもじゃないがそんな気分にはなれない。
むしろ、あの馬が発情したのと同じ場面で「俺も一緒に走りたい」と舞い上がっていた自分が、馬と同じレベルに思えて悲しくなってきた。
「慌てて飛び乗って、なんとか引き離したんだけどね…」
ザーギンは何処か遠くを見つめながら“あの時”を語りだした。


「…ダメじゃないかヴァイス、いきなり変身して襲い掛かったりしちゃ」
「ヒヒーン!」
「ああ、それは恋だね。おめでとう。だけど普段はおとなしすぎる君が、好きになったらアタックあるのみの超積極派だとは思いもしなかったよ」
「ヒーン」
「でもあんなやり方じゃ、却って相手に嫌われてしまう…ほら、今も思いきり殺意むき出しだろ」
「ブルル…」
「こういう時は相手の怒りを全力で受け止めて度量の広さを、その上で自分の特技を披露して雄々しい姿を見せ付ければ、相手の好感度は一気に上がるよ」
「ブフッ」
「そう、君の得意の電撃で彼の身も心もシビれさせれてイチコロにするんだ」
「ブルルヒーン!!」


「それでゲルトへのトドメをヴァイスにやらせて彼をイチコロにしたら、ヴァイスが激怒してしまってね」
「馬が怒るのは当たり前だ!!」
馬の肩を持つわけではないがジョセフの為に純粋に頑張っていたゲルトを思うと、ヘルマンが怒るのも当たり前だった。
「あの時は位階で押さえ付けながら宥めるのが大変で…君がすぐに相手に来てくれて助かったと思ったら、君は鎖で叩くし、イシスが発動して私共々死んでしまうしで、ヴァイスはすっかり拗ねてしまったんだよ」
「それでこっちに来たら馬に逃げられたと…自業自得だな」
「逃げると言うよりは、ゲルトの匂いでも嗅ぎつけたのだろうね。走りに迷いがなかった」
「…匂いじゃないけど、俺も似たようなもんだったな」
死後真っ先にゲルトに会いたくて、ゲルトが何処にいるのかすぐに分かった自分。
「俺は馬と同レベル、馬並みなのか……うまなみ?」
ヘルマンは何かに気付いたらしい。
「なあ、さっき雄々しい姿って言ってたよな…あの馬オスなのか!?」
「メスだと思ってたのかい?」
「いや、オスメス考えてなかっただけで…オスなのか…オス………」
その時ヘルマンは、交通機動隊時代に同僚が無理矢理貸してくれた、馬と金髪美女のアダルトビデオを思い出していた。
ありえないシナリオと御粗末な演技に笑いながら見たそれの、金髪美女をゲルトに置き換えて考えてみる。
「…………………」
考えるのではなかった。
ヘルマンの顔から血の気が失われていく。
「死ぬ!ゲルト死ぬ!!死んでるけど死んじまう!!!!」
「…君が何を考えたか、見当が付く自分が悲しいよ」
少し呆れた様子のザーギンの言葉は、今のヘルマンには届かない。
「すぐにゲルトを助けねーと!ゲルト!!」
「待ちたまえ!」
自分の想像力に振り回され錯乱気味のヘルマンをザーギンが押さえ付ける。
「君がヴァイスに絡むと話がややこしくなると言ったのに、もう忘れたのかい」
「はなせ!このままじゃゲルトが…」
「いいから少し落ち着くんだ」
「ゲルトが馬の餌食に…馬並み……ゲルトォオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「ゲルトなら大丈夫だ」
「!」
「ジョセフ…」
長らく続いた二人の会話に終止符を打ったのは、ジョセフの意外な姿だった。



(つづく)

[319] 独逸超人 (2008/10/20 Mon 23:59)

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