(赤白赤 22話バレ)歓喜の歌(後編)

後編です。
(重複は無事削除できました〜ご迷惑おかけしました)

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(赤白赤 22話バレ)歓喜の歌(後編)

 薄暗い、多分これは夜明け前の道、夜が終わりを告げるまえの柔らかい闇が、目の前に続いている。すでに体の一部として馴染んだバイクを走らせて、ヘルマンはふとここはどこだろうと、思った。木々に囲まれた道はずっと同じ景色が続く。こんな大きな森のある道があっただろうか。ニュルブルクリンクの北コースでも、こんなに森林地帯がずっと続かない。道の先にはほのかに明るい一点がずっと灯っている、多分、そこが山頂なのだろう。
 すれ違う車が1台もないことを不審に思う。それでも、なぜかとても走りやすい道と、馴染んだバイク、すぐ夢中になった。多分、夢でもみているんだろ、と。このバイクには覚えがある、もう今は乗っていない、あの峠を一番多く走って、エンジンが逝かれちまったバイク、手元に戻るはずがない。
「さあ、行こうか」
ヘルマンは懐かしい愛車に声をかけた。アクセルを開ける、カーブが目の前に迫っているが、まだまだブレーキをかけるには早い。ギリギリのタイミングまで粘る、スピードを極限まで殺さないで突っ込む。ハンドルを押さえつけ、荷重移動をかけると大きく傾いた車体に路面が迫る。転ぶか、外に放り出されるか、けれど自由に走るという久しぶりの快楽に身をゆだねる。とたん、知っていると、バイクの上で全身が叫んでいた。景色はまったく違うけれどこの道をよく知っている。
 明かりの先は、ガソリンスタンドと、そこに併設された古いレストランだ。駐車スペースには、すでに何台か見慣れたバイクが止まっている。こんな懐かしい夢を見るなんて、俺もとうとうおっさんの仲間かと、ヘルマンは苦笑した。
「いよぅ、ヘルマン」
窓越しに見知った顔が声を掛ける。
「今夜の最速、お前らしいぞ」
祝杯のかわりにジンジャーエールでも空けようと、ヘルマンを手招きする。
この夢は、あの日に繋がっているらしい。
「ほら、今日のタイム、あいつが取ってってくれたんだぜ」
手渡された紙に並ぶ数字の羅列。見覚えのある数字だ。全部思い出せる。
「おっ、不満か?」
眉を寄せたヘルマンを男が茶化す。
「伝説の男をひっぱりだそうって話があってさ、どうだ?」
隣の席では、どうやらその話の最中らしい。大勢あつめて、タイムアタック大会をやろうということになっている。
「…他の峠から遠征してくるヤツも入れてさ、そうなったら、地元の意地とかあんだろうが」
ここで初めて出会った男と、同じ道をずっと走り続けていた、あの懐かしい日々の始まり。運ばれてきたジンジャーエールに口をつける。あの日と同じ味がした、気泡が喉ではじけるように胸の奥にざわざわと泡立つ。

もうずっと、そこから遠い場所にいる。

「遅くなってすまんな」
頭上から聞きなれた声が聞こえた。
あの日のように金色の光をまとい、彼は、ゲルト・フィレンツェンは、ヘルマンのもとにやってきた。ただ彼を照らしている光は、ヘッドライトではなかった。
「そんなでもないぜ」
今度は自分から手を差し出す。
「さあ、行こう」
その声を合図にヘルマンは立ち上がる。
罵声も歓声もなく、ただ静かに。
であったころの王者と挑戦者のように。
ヘルマンの手をとるとゲルトは笑った。
「ここも悪くない」
ゲルトが指差した先から景色が変わる。見慣れた故郷の峠道に、見晴らし台のように張出した峠の中腹の駐車場に、いつもの「スタート」地点へと。霧が晴れていくように、薄暗い闇の森が姿を変える。風が吹いている。わずかにヘルマンの頬に当たる。
「チェッカーがいねえな」
「贅沢を言うな」
…ああ、そうか。ここには今、自分たち以外のだれもいないんだな。
ここがどこでどういった場所なのか、ゲルトは少しづつ教えようとしてくれている。
「けっこう…早かったな」
ゲルトの背中を覆うもの、それは羽根だ。白くそして金に光る。
ここは、もう命のある場所ではないのだ。それは寂しい場所だとヘルマンは思っていた。こんなにも青く美しい空の下にある場所だとは、考えもつかなかった。
「ああ、予定よりもちょっとな」
苦笑いをする。現実というものは、ひどく格好のつかないものだ。
「…心のこりか?」
ああ、と頷いて下を向いたとたんボロっと目から大粒の涙が落ちた。すべてを思い出して、あの性格は乱暴だが愛すべき美人の姉と、心根のやさしくて孤独な弟は、国外へ無事逃げおおせただろうか。もう自分は守ってやれない。手の甲で涙をぬぐうが、後から後からそれは尽きることがなく、ヘルマンを狼狽させた。
「大丈夫だ、あの子は強い」
「ああ」
マレクはデモニアック化したゲルトを恐れなかった、手を握った。それが彼にとって、どれほどの救いだったのか、ヘルマンにもやっと分かった。そしてそんな自分を抱きしめたアマンダも。
「それよりも、彼女が心配か」
いやと首を振った、でも。彼女は強い。けれど…だから心配している。
「たしかに恐ろしいジャジャ馬だったよな」
趣味がわるいぜとゲルトは笑った。そうでもない、いい女だ。まっすぐすぎるくらいまっすぐな。
「大丈夫、お前ほど馬鹿じゃないさ」
「だと、いいけどな」
彼女らしく生きていけばいいと、ヘルマンは思う。ただ、命だけは粗末にしてほしくないだけだ。
「あ〜あ、また不戦敗(リタイア)だ」
「完走率、低かったよな、お前」
くくくっとゲルトの笑い声が漏れた。
いつのまにか、ヘルマンも笑っていた。
お互いにこんなに笑ったのは、もしかしたらあの日だけだったかもしれない。短い蜜月は、ゲルトのレーサーとしてのデビューで終わりを告げた。ただ純粋にどこまでも早く、どこまでも強く、と求め合った短い蜜月。
「…しなくて正解だったんじゃないか。あの女、キスが下手ってだけでぶん殴りそうだ」
ゲルトは冗談めかして言った。言葉が彼女を縛るなら…言わないほうがよかった。ヘルマンも幾度となく迷ってきた。
「それはないぜ。俺、上手いからな」
冗談は冗談で返す。
ゲルトの顎を掴み、自分の顔へと寄せる。あの日のお返しだ。触れ合うだけのキスではなく、もっと深く、もっと熱いキス。背中に手を這わすと、立派な羽根の付け根をまさぐった。
そして上唇をなぞる、少し開いた先に舌を絡めて誘う。大胆にかつ繊細にゲルトを誘いだす。コーナーで絡み合う2つのラインのように。それはバイクに跨った男同士の珍妙な口付けだ。

…さあ行こうぜ。だれも追いつけないほど早く。同じ速度の世界へ。
離れた唇から同じ言葉がこぼれた。

エンジンに火を入れる、高鳴る胸の鼓動。
それはスピードの祝福。2気筒のエンジンが奏でる、歓喜の歌だ。

[215] はなげさん (2008/09/19 Fri 00:17)

[198] (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/16 Tue 17:44res
┗[199] Re: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/16 Tue 17:53
┗[200] Re^2: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編 はんちょ 2008/09/16 Tue 18:40
┗[201] Re^3: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/16 Tue 20:22
┗[202] Re^4: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) ヘタレ班長 2008/09/16 Tue 20:52
┗[204] 青春だ! イーゴ 2008/09/16 Tue 21:17
┗[206] Re^6: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/18 Thu 00:26
┗[212] Re^9: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/18 Thu 18:56
┗[213] Re^10: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/18 Thu 18:58
┗[214] しみました。 整備員 2008/09/18 Thu 20:52
┗[215] (赤白赤 22話バレ)歓喜の歌(後編) はなげさん 2008/09/19 Fri 00:17
┗[216] バイクのシーンをちょっとだけ… はなげさん 2008/09/19 Fri 00:26
┗[219] ひたすら萌え〜でした。 ヘタレ班長 2008/09/19 Fri 09:32
┗[220] Re^14: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/19 Fri 09:32
┗[224] (オマケ)前編でも待っていてくれたゲルトさん。 はなげさん 2008/09/20 Sat 01:56
┗[225] Re^15: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/20 Sat 07:33