(赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編)

多分、このネタは早いもの勝ちだったんじゃないかなと思う…ごめんなさい。早漏なんです。

前後編です。まず前編から。
赤白赤ですが、やや白優勢です。エロ少な目でごめんなさい。
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 このあたりに住む若者の噂では、あの峠で最速のタイムを叩き出した男がいるという。自分たちと同じ世代の若い男だという。誰よりも早く、誰よりも強く、バイクに跨ることを覚えた若者たちは、こぞってみなそれを求めた。ヘルマンも例外ではなかった。誰よりも早く走るためにチューンナップに血道をあげ、急カーブでアスファルトにプロテクターのひざを削らせ、命を削る。ぎりぎりの爽快感。ここで走り続けていれば、必ずその男に会える。
 峠の入り口には、ガソリンスタンドに併設された古いレストランがあり、そこはちょうどいい具合に走り屋連中の溜り場になっていた。駐車スペースには、すでに何台か見慣れたバイクが止まっている。バイクを見れば中にだれがいるのか、ヘルマンもたいていわかるようになっていた。
「いよぅ、ヘルマン」
窓越しに見知った顔が声を掛ける。
「今夜の最速、お前らしいぞ」
祝杯のかわりにジンジャーエールでも空けようと、ヘルマンを手招きする。
「みんなのおごりでたらふく飲めるな」
走ることがなによりも楽しかったが、こうして仲間ができるのも悪くない気がした。夜中、走り続けて明け方まで、セッティングについて口論する。
「ほら、今日のタイム、あいつが取ってってくれたんだぜ」
「ありがとな、ああ、車まだ修理中だったよな」
送っていこうかと、ヘルマンは声を掛けた。
「最速でか。やだね。俺は男にしがみつく趣味はねえな」
まだまだ、それは伝説のタイムには及ばない。手渡された紙に並ぶ数字の羅列に軽くため息をつく。
「おっ、不満か?」
ヘルマンを茶化した男が、少し真剣な顔をする。
「ああ…まだアイツには及ばねえ」
ジンジャーエールが運ばれてきた。店のおやじが「まだおめえには、早えぇや」と呟く。
「伝説の男をひっぱりだそうって話があってさ、どうだ?」
隣の席では、どうやらその話の最中らしい。大勢あつめて、タイムアタック大会をやろうということになっている。
「…他の峠から遠征してくるヤツも入れてさ、そうなったら、地元の意地とかあんだろうが」
確かに。走り屋には地元コースの意地ってものがある。走りながら体に叩き込んだ、コースの癖、ブレーキングのタイミング、タイムを稼げるコーナーの攻め方。やすやすと、他から来たやつに最速をひき渡すことは許されない。
「で、それ、いつやるんだ」
ヘルマンは立ち上がった。他から来るやつには負ける気がしなかった。が、もしかしたらという淡い期待が心を躍らせた。
「気をつけろよ、他から遠征にくるようなヤツらは、かなりの腕利きだ」
店の親父が軽く皮肉を言う。店内を見渡せば、ヒーローと呼ばれる二輪レーサーの写真ばかりだ。

「遅くなってすまんな」
頭上から落ち着き払った声が聞こえた。
エンジンの爆音と罵声の中から、ヘルマンはそれが、待っていた男の声だということを本能で聞き分けた。よく手入れされた男の跨るバイク、いかにもいい声で鳴きそうなエンジンの振動、振り向くと金色の光の中に彼がいた。
「今夜の相手は誰だ」
罵声が歓声へと変わる。
王者が挑戦者を指名する瞬間。
ヘルマンは立ち上がる。
…声が出なかった。
「さあ、行こう」
握手を求めるかのように差し出された手を受け取った。まるでこれはダンスに誘われる令嬢か、決闘を求められる騎士か、震える手を一度強く握り締めた。
…行こう、だれよりも早く、だれよりも強く。
…着いてこられるのなら、同じ速度の世界へ。
 ぱきぱきに乾いたアスファルトのコンディションは最高。風はそれほど強くは吹いていない。つい先ほどまで休んでいたタイヤの熱は、わずかに熱く、アスファルトを絶妙に噛み締めるだろう。
「ゲルト・フィレンツェンだ」
メットをかぶる直前に最速の男の名前を聞いた。
「俺は、ヘルマン、ヘルマン・ザルツァ」
深呼吸をする。対向車が来ないか、確認が届く、コンディショングリーン、チェッカーの変わりに3台のバイクがヘッドライトを順につける。最高のトルクをエンジンから引き出すと、それが心臓の鼓動とシンクロした。2気筒のエンジンが奏でる、歓喜の歌だ。
…さあ、行こう!
最後のライトが灯る。2台のバイクが一直線にはねだした。ヘルマンは奥歯を噛み締める。始めから後ろについて彼のトレースする軌道を辿るつもりだった。それだけで彼のすべてが分かる。マシンのセッティング、バイクの挙動を制御する癖、ライディングスタイル、勝負どころの勘。
 ラインどりがわずかに違う。ヘルマンのそれよりも何インチかの差で、さらに深くコースをついている。セッティングの差もあるかもしれない。ヘルマンに直線での勝機はないが、立ち上がりの勝負なら分がある。度胸試しだ、限界まで路面に迫る。景色の流れがいつもよりも早い。ギリギリだ。恐れるなと言い聞かせる。ここで俺はどれだけの時間を費やした?と。スピードを殺さず、コーナーを抜ける、ゲルトの横に体を寄せるようにプレッシャーをかける。
 3つ目のコーナーで意識がぶっ飛んだ。もう前を照らすヘッドライトの明かりと、その奥の闇に隠れる道、流れる景色しか目に入らない。荒い息遣いを整えながらわずか前を走るゲルトを追う。仕掛けるタイミングをずっと狙っている。
 乾いた小さな音がした。わずかに手に振動が残る。カウルがかすったのだ。まるで初心な恋人同士のキスのように。それだけでイッってしまいそうなエクスタシー。このまま、このままと熱ダレして、さらに挙動の怪しくなったタイヤに言い聞かせる。
…今、すっげぇ、いいトコなんだ。邪魔すんじゃねえぞ!
コーナーで確実に並ぶ。立ち上がりわずかにヘルマンが有利だが、一瞬でゲルトは体制を建て直し差が開く、また次のコーナーへ。突っ込む、並ぶ、前へ出る、追いすがる。絡み合うライン、初めての逢瀬、なんて…
 歓声と光に包まれる。

 二人のバイクを中心に人だかりが出来ていた。なんでも大幅なタイム更新なのだそうだ。けれど、ヘルマンは、彼がまだ限界までアクセルを開けていないことに気がついていた。タイヤはずっと正確に最速のラインを辿っていた。熱によるタイヤへの磨耗は少なかったことになる。
「…かなわねえ」
ぼそりと呟いた。
走っていたときには、息遣いすら聞こえるかと思うほど近くにいた。けれど今は彼の姿が遠いものに思えた。
「追いかけてこいよ」
不意に耳元にゲルトが囁いた。まるでヘルマンを見透かすように。ヘルマンの目を笑うゲルトの顔を捕らえた。一瞬、いたずらっぽく笑う。
「おい、美女のキスとか賞品はないのか」
ヘルマンもゲルトの言葉につられて笑った。
「チューくらい用意しとけよな、お前ら」
歓声が笑いへと変わる。ないんだ!すま〜んと見知った顔の間の抜けた声を聞く。
「じゃあ、負けたコイツへの罰ゲームだ」
 唇を奪われた。男に。爆笑にわく、円の中、ヘルマンは盛大に落ち込んでいた。
意外とゲルトは冗談も好きらしい。けれどこれはシャレにならない。触れ合うだけのキスかと思っていたけれど、しっかり舌まで入ってくる濃厚なヤツをお見舞いされた。
 分厚い乾いた男の唇と、熱い舌が歯茎を舐める、それだけではなく、頭に回された手が首まで下りて、さりげなく首の骨をなぞる。指先の器用さは、バイク以外にも発揮されているだろう。
「いつか、仕返しするからなっ」
睨み返したゲルトの目は誘っていた。

…さあ行こうぜ。だれも追いつけないほど早く。同じ速度の世界へ。

[198] はなげさん (2008/09/16 Tue 17:44)

[198] (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/16 Tue 17:44res
┗[199] Re: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/16 Tue 17:53
┗[200] Re^2: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編 はんちょ 2008/09/16 Tue 18:40
┗[201] Re^3: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/16 Tue 20:22
┗[202] Re^4: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) ヘタレ班長 2008/09/16 Tue 20:52
┗[204] 青春だ! イーゴ 2008/09/16 Tue 21:17
┗[206] Re^6: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) はなげさん 2008/09/18 Thu 00:26
┗[212] Re^9: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/18 Thu 18:56
┗[213] Re^10: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/18 Thu 18:58
┗[214] しみました。 整備員 2008/09/18 Thu 20:52
┗[215] (赤白赤 22話バレ)歓喜の歌(後編) はなげさん 2008/09/19 Fri 00:17
┗[216] バイクのシーンをちょっとだけ… はなげさん 2008/09/19 Fri 00:26
┗[219] ひたすら萌え〜でした。 ヘタレ班長 2008/09/19 Fri 09:32
┗[220] Re^14: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/19 Fri 09:32
┗[224] (オマケ)前編でも待っていてくれたゲルトさん。 はなげさん 2008/09/20 Sat 01:56
┗[225] Re^15: (赤白赤 なれそめ)歓喜の歌(前編) パラディン 2008/09/20 Sat 07:33