大人しくなった欲望を引き抜いた後、ザーギンはマレクの首輪を外し、解放してやった。もう身体の縛めは要らない。縛り付けておかずとも、もうこの少年は自分の元から離れないことを知っていたからだ。
そして彼を浴室に連れて行き、身体を洗い清めてやった後服を返してやり、自分の居室で寛いで時間をつぶしていた。しばらくすると用あって使いにいかせたベアトリスが帰ってきた。
「ベアトリス、ご苦労だった。首尾は?」
「こちらに。墓から掘り出した時点で既に損傷が激しく、かなり腐敗が進んでおりますが、問題ありません」
そう言って窓の外を指し示す。庭の片隅に先ほどの外出から彼女が持ち帰った品が並んでいた。人間の入るような大きさと形をした三つの袋だ。どうやら死体を入れる為の袋らしい。側に控えていたマレクが怪訝そうな顔で袋を見た後、ザーギンを見上げた。
「よろしい。マレク、お前もこちらにおいで」
そして三人揃って庭に出ると、問題の袋から漂う強い腐敗臭が鼻についた。よく見ると袋の外側にここでは見かけない色の土の汚れがわずかに付着している。
ベアトリスが袋のファスナーを開けると、更に胸が悪くなるような腐敗臭とともに、マレクにも見覚えのある顔が現れた。
「こいつら…僕が殺したあの…!」
死体袋から出てきたのは三人のいじめっ子達の骸だった。ひどく損傷した上腐敗した顔は、ほとんど原型を保っていなかったが、マレクにとっては見間違えるはずもない。
「そうだ。君が狩った記念すべき最初の獲物だ。だが、君にとってはあれだけでは殺しても殺し足りないだろう? だから、新しく生まれ変わった君にプレゼントしようと思ってね」
ザーギンはベアトリスに死体の数だけのカプセルを渡した。ベアトリスは三人の死体の傍らにしゃがみ込むと、その口をこじ開けて、ザーギンから受け取ったものを投与する。
間もなく死体が起き上がり、デモニアックと化した。獣じみた動きで、戸惑うように辺りを見回していたがマレクの姿を認めると、何かを思い出したかのように身を震わせ、よろよろと数歩あとずさった。
ザーギンはマレクの方を振り返ると、告げた。
「好きなように狩るがいい。一思いに打ち砕くもよし、追い立ててじわじわと嬲り殺しにするもよし、君の思うようにやりなさい」
それを聞いたマレクの顔に笑みが浮かんだ。それも年相応の明るい笑みではなく、殺戮の欲に濁り、爛れたような笑みを。
次の瞬間、マレクは目にも留まらぬ速さで跳躍した。そしてデモニアックの一体の前に降り立つや否や、右手に顕現させた光の槍でその胸を貫く。そしてすぐさま引き抜くと、今度は崩れそうになった相手の身体を滅多打ちにする。
やがて滅多打ちにした一体が原型を留めなくなり、マレクが顔を上げたころ、残りの二体は転げるように逃げていく所だった。だがマレクは慌てずに右手の槍を光の鞭に変えると、素早く振りかぶって投げ縄のように投げ、もう一体の首に巻き付ける。そしてそのまま振り回すようにして、逃げているもう一体めがけて放り投げ、激突させる。
もつれあうようにして転がる二体のデモニアックに、躁じみた笑みを浮かべたマレクは悠然と近づいていく。この状況でも敢えて変身はしない。自分の余裕を見せつけるように、あえて人間の姿のまま叩きのめすつもりのようだ。
ザーギンは傍らにベアトリスを従えたまま、そんなマレクの様子を満足そうな面持ちで見守っていた。
「受け入れてしまえば良い。身を委ねてしまえば良い。君の内に潜む殺戮への欲望に。君の持つ、性への欲望に」
少年を見て、ザーギンは思う。戦闘技術もまだまだ稚拙で、位階としてもそう高いわけではない。だが一片の迷いもなく、ただただ欲望のみに従って心のままに殺戮を楽しむ少年の姿は、心底美しいものだと。そして夢想する。ジョセフの目の前にこの少年の姿を突きつけてやった時のことを。
「あの子を差し向けてやった時、君はどんな顔をするのだろうね…ジョセフ」
Fin.
[127] 640/wald (2008/09/06 Sat 17:54)