【銀黒】傷と腕(20話if)

20話で首輪外したあと銀様が自分でつけなおせばいいのに、
と思って書き始めたら美女(人間形態)と野獣(融合体)っぽい話になりました。


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 重い音とともに隔壁があがり、ジョセフはその彼方の光景を認めた。彼の視界を占めるのは空の青でも海の青でもなく、その後方に灰色の軍勢が大地を埋め尽くす様だった。
 その軍勢の先頭に立つ一騎を認めて、彼は面を伏せた。幾度となく抱いた思いに、我知らず拳を握りしめる。懐かしさ、悲しみと悔恨が綯い交ぜになった感情は、名付けるにはあまりにも複雑で、痛烈だった。
「――ザーギン」
 その痛みを振り切るようにジョセフは面をあげ呼びかける。彼我の距離は声の届く範囲を遙かに超え、沈黙だけが応じた。だがザーギンにはジョセフが見えている筈だった。ジョセフが軍勢にも目もくれず、一目でザーギンをみつけたように。
 
「ジョセフ」
 傍らで聞こえた言葉にベアトリスは振り向いた。馬上のザーギンの表情は、いつもと同じように静謐だ。穏やかな眼差しで彼方の城を見つめている。
「それがきみの、……」
 問いかけとも独白ともとれないその言葉の真意を、ベアトリスはあえて訊ねようとは思わなかった。ただ彼が自分に言葉を下すのを待つ。
 わずかな空白のあいだに思考を巡らせて、ザーギンはつぶやいた。
「ベアトリス」
「はい」
「確かめてくれないか」
 それ以上の言葉を、ベアトリスは必要としなかった。

 ――夜毎彼の元を訪れる少年の影は言った。アンタのせいだ、と。

 止めなければならなかった。だが止められなかった。
 守らなければならなかった。だが守れなかった。
 それは弱さゆえなのだろう、とジョセフは思う。どれほど言葉を尽くしても意味がない。その姉の嘆きにもまた、ジョセフが答えるべき言葉を持たない。取るべき行動を持たない。すでに過ぎ去ったことを、どうやって取り返せばいい。

 せめて、同じことが二度と起こらないように。そのためにはどんな手段も受け入れよう。
 首筋から広がる異物感のなか、ジョセフはその言葉を幾度となく反芻した。

 ジョセフに限らず、人の心を残すブラスレイターにとって、異形の姿へと変化することは祝福であり呪いである。立ちふさがるものすべてを突破する力を手にし、力の抑制を危うくする。全能感に酔いしれる獣の部分と同時に、胸の中の冷たいわだかまりを意識する。それは人を傷つけたことへの悲しみであり、新たに傷つけることへの恐れである。ぱっくりと空いた差し込み傷のような、冷たさと伴った痛みが、ブラスレイターの人としての意識を約束する。
 だがいま、底冷えする傷は新たな痛みに覆われようとしていた。首筋から広がったそれは灼け付くような痛みであり、苦しみであり罰であり、ジョセフが望んだものだ。だがそれは、彼に人間であることを保証してくれなかった。

 注ぎ込まれた熱が、彼を灼きつくす。己の手を離れていく意識の中で、彼は獣じみた咆吼を聞いた。

 空に大地に無数の光と轟音が閃き、その中でめまぐるしく守勢攻勢を入れ替えて戦う二つの影が見える。天空において自在に動くベアトリスに引けを取らぬ動きは、かつてとは比べものにならないことは間違いない。
「痛ましいね」
 何をするでもなく、空を見上げてザーギンはつぶやいた。彼につき従うデモニアックたちも同じようにその場にとどまり、ただ彼の次の命令を待っている。
「そして、愚かしい」
 小さくはき捨てるような声を聞くものは、その真意を悟る者はいない。

 轟音と衝撃は、この橋に墜ちたベアトリスのものだ。そのままとどめをさそうとするジョセフに対して、ザーギンは彼女を庇うようにして割り込む。地に伏した彼女へ落ちる一閃を、馬すくいあげるように弾く。
「今のきみは」
 言葉に割り込んで疾る斬撃を、彼は包み込むように受け止める。
「目を閉じているだけだ」
 あくまで平静さを失わず、でザーギンは言葉を続けた。返答の代わりには荒い呼吸の音が返る。刀身を振り抜こうとするジョセフと、刃先を掴んだまま微動だにしないザーギンの間に視線が行き交う。
「……耳を塞いでいるも加えるべきだね」 
 ザーギンは小さくぼやいた。その視線に込められた色は、 ザーギンの言葉を理解したとは到底思えない。
「苦しいのかい、ジョセフ?」
 二度目の問いかけにも答えはない。先程と同じように、ジョセフの荒く不規則な呼吸だけが返る。だがその意味は明らかだった。

 刃を握ったザーギンの左手が不意に落ちる。拮抗していた力が一方を失い、ジョセフはそのまま刃を振り抜いた。残像を残す速さで、返す刃がそのままザーギンの正中線をなぞる――より早く、腕に絡みつく何かが動きを止める。
 ザーギンは動いていない。いや、彼はジョセフに一歩踏み出し――
「――その痛みでは贖えないよ、ジョセフ」
 その姿をそっと抱き止めた。ブラスレイターと化し、周囲の質量を取り込んだその姿はほんの少しザーギンより高い。ジョセフの腕が触手をふりほどき、刃を振り下ろそうともがく。それを気に留めず、ザーギンは折れた角に指を這わせる。

「もしきみが、痛みで心を殺すしか道がなかったなら」
 ため息とともにこぼれる言葉は、どこまでも慈愛に満ちていた。
「――きみはそもそも、戦うべきじゃなかったんだ」
 指先が肩から首へとたどる。戦場の埃を拭うような、些細な傷も確かめるようなゆっくりとした動き。
 乾いた音がして、砕けた首輪がはがれ落ちる。荒い息に雑音が混ざった。過度の力の反動がそのまま彼を蝕んでいる。その姿を維持できず――彼は人の姿へと戻る。今にも倒れそうなまま、それでもその目だけはまっすぐに、間近な相手を見つめている。その目に宿る色は、かつてザーギンが幾度となく見たものと同じ。
「……ザーギン」
「ジョセフ」
 そして、応じるザーギンの目に宿る色もまた同じ。
「きみに痛みを強いてまで――守る価値があるというのか?」

 人に戻った時に、いつの間にか拘束は解けていた。そしてジョセフは、ザーギンとその背後に群れるデモニアックの軍勢も見ている。ザーギンを止めなければならないことはわかっていた。すでに一度違えた道が、二度と交わることはないことも。
 だが彼は動くことができなかった。その腕を振りほどくことができなかった。

 彼を抱きしめるザーギン――その温もりを、悪魔と化した体はすでに感じない。だがその強さは、あのときと何も変わらなかった。

[418] あぽかり (2009/11/09 Mon 01:21)


Re: 【銀黒】傷と腕(20話if)

ひさしぶりに新作が読めるだなんて!
首輪、ジョセフにはぴったりと思っておりまして、それをつけるのはツヴェルフの役目ではないだろうと思っておりました。

融合体ジョセフの折れた角の部分に銀さまが触れる描写が美しくて、大好きです!

[419] hanage3 (2009/11/09 Mon 20:13)


Re^2: 【銀黒】傷と腕(20話if)

ブラスレにはまったのは遅かったので、
タイミングが悪かったかも…とは思いましたが気にしないで投下させて頂きました。
こういう妄想を形にできる場所があるととってもありがたいです。

>hanage3さん
感想ありがとうございます!

ジョセフに首輪はとても似合うと思うのですが、銀様からしてみれば苛立つだろうなーと。

アニメの失望は自分が知らないところで勝手に首輪をはめさせられいるからと勝手に納得してました。

[420] あぽかり (2009/11/10 Tue 21:36)